東京都台東区谷中・地区計画の経緯についてのまとめ

朝倉彫塑館の屋上(4F)から見渡す谷中の町並み

 

東京都台東区は現在、谷中の街並みの形成の根幹にかかわる「地区計画」を策定中です。地区計画を一言で言えば、谷中エリア(谷中と上野桜木、池之端の一部)内の建物建築に関しての一連の規制(条例)の策定・施行計画です。

2019年10月中旬に区による住民向けの説明会が開かれ、参加された方から計画の内容とその伝達の仕方に反発する意見が多数寄せられました。区は計画案を修正した上で、同年12月下旬、2回に分けて説明会が再度開かれました。

現在、計画案に対する意見書の公募期間です。この期間を通過すると区は都市計画の条例案として再度公表し、区議会の審議を経て正式に条例化されて、地区計画が施行されます。

当店は谷中に開業し、お付き合いのあるご近所の方やお客様にも街並みに関心がある方が多く、この計画案意見公募期間中に、後世への記録的意味もこめてまとめの記事を書いてみました。

台東区が説明に使った地図については、著作権を理由に台東区が転載を禁止しているため、本ページでも引用・転載はしていません。各項目でリンクした台東区資料からご確認ください。

【地区計画案(修正原案)の主なポイント】
(1)計画対象エリア「谷中地区」:谷中1~7丁目、上野桜木1・2丁目、池之端4丁目と3丁目の一部

(2)建物の高さ規制:
・「商業・住宅地区」(日暮里駅北口から谷中ぎんざ沿道、団子坂周辺~三崎坂~霊園前の分岐~旧吉田屋酒店沿道)
→高さ制限20メートル(6階建程度)

・「よみせ通り沿道地区」→高さ制限17メートル(5階建程度)

・「朝倉彫塑館通り沿道地区→高さ制限12メートル(4階建程度)

・「(その他すべて)住宅地区」→高さ制限12メートル+傾斜確保(4階程度+4階部分に日当たり確保の傾斜必要)

→〈予想される影響〉鉄骨コンクリート造りの大型住宅・集合住宅と中小型ビル・ホテルが地域で増加する。

高さ制限の図解。右側の図で、4階に傾斜があるのが一般住宅地区、傾斜がないのが朝倉彫塑館通り地区の高さ制限の図説。(令和元年12月台東区谷中地区計画原案説明資料より)

(3)道路拡張(壁面位置の後退):救急車をスムーズに通すことを前提に狭い道を生活防災道路に拡張
+路地でも建て替え時のセットバック(家屋の後退)設置を義務化

〈予想される影響〉住民の住宅建て替え時の負担増加+小さい家屋が建ちにくくなるため宅地の集約が進む→住宅の大型化・道路の大型化(救急車なども通行しやすくなる)・路地における住民コミュニティの解体促進

道幅4メートル以下の2項道路(建築基準法法上は正式な道路ではなく拡張が必要とされる)におけるセットバック設置例の図解(平成30年11月台東区谷中地区計画素案道路B2説明会資料より)

(4)建て替え時の敷地面積の最低面積を原則50平方メートル(約15坪)とする

→〈予想される影響〉小さな住宅の建て替えと遺産相続における敷地の分割相続がしづらくなるため、土地の集約化が促進→路地コミュニティの解体、住宅の大型化がすすむ。住宅の密集が解消されるので、防災面ではプラス。

建て替え時の敷地面積制限図解(令和元年12月台東区谷中地区計画原案説明資料より)

【谷中地区の特徴】
江戸幕府が寺町として開発した谷中一帯は、その歴史的経緯から寺院が地区の地主の大多数を占めています。行き止まりの多い狭い私道(路地)で細かく分けられた地割に借家が多数建っています。借地権つきの家屋が多く、経済的な取引には保守的傾向が多い寺院の地主が多いため、昭和の高度成長期でも地割の変化が少なく、東京の中でも明治・大正時代の街並みが残っている地域といえます。

【まぼろしの都道計画】
谷中地区の特徴として域内に2車線型の大型車道がないこともあります。これが谷中から開発の波から守り、また一方自動車使用者にとっては西日暮里一帯と鶯谷・上野方面を通行するとき、台地の谷中地区をう回する必要があります。戦後、西日暮里から谷中から上野駅北口へ抜ける都道計画「補助92号線」計画がありました。

2015年まで存在していた都道(2車線道路)計画: 東京都「都市計画道路の見直し方針について」(平成27年)より

補助92号線が完成した場合、夕やけだんだんの上部から旅するミシン店の手前を2車線の車道が通っていたことになります。しかし、寺院の地主が多く路地も多い谷中エリアでは都道計画はほとんど進まず、2015年に都は谷中エリアが観光地として著名になっていることを理由に都道計画の中止を決定しました。

【都道計画にあった建築規制】
都道計画により、都道が通るエリアは地区整備計画区域として指定されていました。これは谷中の大半が含まれ(ただし三崎坂・よみせ通り・谷中ぎんざ沿道エリアは商業地区として除外)、(1)建物高さは10メートルまで(3階建)(2)鉄筋コンクリート造の禁止を主旨とする建築規制がかかっていました。これは都道開通の際に住民の移転を容易にするために、堅牢な建物を排除することが目的でした。この規制も、谷中エリアでマンションなどの集合住宅が少ないことに貢献しました。

【地区計画案の経緯】
2017年3月谷中地区まちづくり方針」→2015年の都道計画廃止にともない、台東区が谷中エリアの開発方針を公表。具体的な規制案は明示されず、都や国が打ち出している災害に強い街づくりと谷中エリアが持つ特色ある街並みへの配慮をうたっています。

2019年2月谷中地区地区計画(素案)」→初めて地区計画の具体的な内容が明らかになり、(1)商業地区の高さ制限20メートル(6階建)・一般地区は12メートル(4階建)を原則とする、(2)容積率(土地面積に対する建物合計面積の割合)を緩和、(3)道路が狭いエリアでの建て替え時のセットバック(30センチ)設置の義務化、などが打ち出されました。事実上、谷中エリアにおいて集合住宅や中層ビルへの建て替えを促進する内容となっています。

同時期に集計された住民アンケートを読むと、高い建物が建つことへの抵抗感を一様に強いのですが、それ以外の狭い道路の拡張については、防災強化の観点から賛成の意見が多数を占めています。

2019年7月(修正)谷中地区地区計画(素案)」→2月案とほぼ同じ内容ですが、道路拡張のルールを地区ごとに分けるなど細かい変更あり。地区計画案が地権者や区と事前協議を持つ団体・町会関係者以外にも伝わるようになり、案に対する懐疑的な意識が徐々に強くなっていったようです。

2019年9月→「谷根千」「夕やけだんだん」の名称の生みの親である作家・編集者の森まゆみさんが地区計画凍結のオンライン署名活動を開始。(提出先は台東区ではなく東京都知事)

2019年9月中旬→東京新聞が地区計画に懐疑的な記事を一面に掲載。

2019年10月上旬→TBS「噂の!東京マガジン」で地区計画が批判的に取り上げられました。

2019年10月中旬→台東区が地区計画を条例案に近づけた「原案」を公表。区は10月21日説明会を開きましたが、説明会と原案の内容の告知が1週間前の町会を通したポスティングのみ(WEBでの原案内容公表なし・町会の掲示板での告知もなし)とかなり急だっため、参加者の不信を招き、厳しい質問が続出したようです。区がまとめた質疑応答記録には一部省略されていますが、区からの説明とコミュニケーションの不足にもかなりの批判があったとのこと。また、素案より開発促進をすすめた要素(「朝倉彫塑館通り」沿い地区で実質的に高さ20メートルの建築可能など)もあり、それも参加者の不信感を強めたようです。

令和元年12月の説明会告知パンフレットに掲載された説明の進行(台東区作成)。

2019年12月中旬→台東区が原案の修正案を提出。よみせ通りの高さ制限を向かい合わせの文京区側に合わせて20メートルから17メートルへ後退修正、救急車が通れる道幅を確保する「生活防災道路」の対象を絞り込み、朝倉彫塑館通りの高さ制限を実質20メートルから素案の12メートルに戻すなど、区が住民側に歩み寄る姿勢の修正案となりました。説明会も年末であるものの2週間前の告知、12月20日と21日開催と住民へのコミュニケーションをやや改善させていました。筆者(安武)もこの説明会に参加していますが、質疑応答でも区の修正を評価する声も出ていました。

2019年12月、谷中コミュニティセンターで開催された説明会。

2020年1月→「修正原案」の縦覧と意見書提出期間(1月20日月曜日まで)となります。修正案資料の最後に記載されている「台東区役所都市づくり部地域整備第三課」の連絡先へ開庁時間内(17時)までに提出・電話する必要があります。郵送・メール・FAXでも受け付けているとのことです。意見者は谷中エリア地区の住民以外でも「地区に利害のある人(エリア内で勤務や店舗を運営などをしているエリア外住民)」でも提出できます(専門家に確認しました)。

【2020年1月以降、予想される動向】
・原案は意見書の公募を経て、谷中地区まちづくり協議会との協議などの処理が順調すすめば、都市計画案として地区計画を行政的に公式に公開する「公告」の手続きに入ります。それを処理すると都市計画審議会の答申得た後、区議会での審議を経て正式に条例として施行されます。19年12月の説明会で区の担当者は順調に行けば2020年6月に区議会に条例案を提出できる見込みと話していました。

・ここで経緯を書いた「地区計画」は街づくりにおける「建築への規制」に関わるものです。専門家や一部住民が求めている街並みを守る「景観」に関する条例の追加やいわゆる「伝建地区」指定については地区計画とは別途に議論・条例化の手続きをすすめると区はしています。ただ、各地の伝統的な街並み保存は比較的裕福で、もともと区画や宅地・建築物のつくりにゆとりを持っている地域の住民の理解と負担があって成立しているのが現状です。谷中のような「下町」構造の地区で景観や伝統建築保存的な条例や施策が成立したケースは日本国内ではあまりなく、もし施行するにしてもこの地区計画以上の住民の理解と行政的チャレンジが必要になるはずです。

京都市中京区。伝統的な町屋エリアに小型マンションが建設されはじめて、街の光景が変わりつつあります。

・筆者が確認しただけでも、現在朝倉彫塑館通り、日暮里駅前の御殿坂通りで大型建築物が建築できる土地の整備計画が着手されています。特に朝倉彫塑館通りの案件は谷中全体のランドマークと言える朝倉彫塑館に隣接する土地です。谷中は災害に強い上野台地・山の手内・山手線沿線という強固な好立地条件を持っており、好不況関係なく今後開発がすすんでいくと思われます。住民の地区計画への関与はこの開発の波を調整する最後の機会になると感じています。

よみせ通り。広い空を保っている光景。このまま地区計画が施行されて開発がすすむと、この光景が変わる可能性があります。

【参考URL】
台東区:谷中地区まちづくりについて
(2017年から台東区が公表した地区計画の資料が集まっています)

台東区:たいとうマップ
(「地区計画」をクリックすると台東区の地区計画が地図表示されます)

谷中地区まちづくり協議会:環境部会Facebookページ
(「谷中地区まちづくり協議会」は住民・専門家・町会・仏教会などの有志が参加した協議会で、台東区とも直接協議しています。同会のFacebookページで地区計画についても最新情報を発信しています)

東京都都市整備局:「都市計画の見直し候補区間(日暮里・谷中地区)」の見直し方針
(地区計画の発端となった都による都道計画見直しの説明)

日本不動産研究所:まちづくりの契機(谷中が谷中でなくなる)
(都市づくりの専門家で元東京都幹部職員による谷中エリアの街づくりの歴史についての解説)

未来定番研究所:新・「谷中学校」がはじまる
(80年代からの谷中の街づくりで中心的役割を果たした野池幸三氏と椎原晶子氏の対談)

2019年1月18日 旅するミシン店 安武(管理人)

本日、旅するミシン店は開店7周年を迎えました(2019年12月15日)

本日、2019年12月15日(日)、旅するミシン店が谷中に開店して7周年を迎えます。

今年はフェアやイベントに呼んでいただくことが多く、気がつけば12月。
あっという間に開業記念日、7周年を迎えることができました。
あっという間に…と思えるような目まぐるしい一年でしたが、それがとてもありがたいです。
この一年も多くの方々に支えられ、過ごすことができました。
どうもありがとうございます。
みなさんに楽しんでもらえるような、店の前を通ったからちょっと入ってみようと思ってもらえるような
そんな店になっていくのが目標です。
これらからもどうぞお気軽にお越しください。
次の一年もみなさんと過ごせることを楽しみにしております。

店長 植木ななせ

2019年、観光開発の波と同時に景気後退の影響もあり、当店周辺の環境がかなり変化した年になりました。小さな手づくりの店が、こうして谷中の地で7周年を迎えられたのも、お客様、ご近所の皆様、大家様、お取引先の皆様のおかげです。

また、本年は、東京池袋、京都、札幌、大阪や鳥学会で出張販売する機会に恵まれ、谷中以外で多くのお客様に製品をご覧いただきました。その後、谷中店に足を運んでくださるお客様とお話できたのも楽しい思い出です。

引き続き応援していただけるよう、店長・管理人、手を合わせて精進して参ります。これからも、旅するミシン店をどうぞよろしくお願いいたします。

Today, December 15th of 2019, is the 7th Anniversary day since when we opened the shop in Yanaka, Tokyo.
We are very grateful that you were visiting our shop.
We will keep making products with illustration of animals.
Please visit our shop if you come to Yanaka, Tokyo.

旅するミシン店が面する道路の愛称が「朝倉彫塑館通り」に

旅するミシン店(東京都台東区谷中7-18-7)も面する通りに、「朝倉彫塑館通り」という愛称がつくことが、2019年7月に台東区により承認されました。下記の台東区のページの一番最後に情報が記載されています。

台東区の道路通称名・愛称名一覧

諏訪台通りと経王寺が交差する交差点(東京都台東区谷中5-11)から三崎坂の通りの交差点(同・谷中5-1)に至る通りには、これまで正式的な名称がなく、「初音の道」という名称がNPO団体、研究者、ブログなどで多く使われてきました。当店でも2013年に“谷中「初音の道」の歴史”という記事をポストしています。

観光区でもある台東区では、東京都が定めるメジャーな道路の通称だけでなく、上記リンクにあるように区独自の通称を交通量の多い区道に定めてきました。さらに、小規模の道路(区道)については町会や商店街の発案によって愛称をつけており、谷中では地元店舗の集まりの発案で「谷中キッテ通り」も誕生しています。

「朝倉彫塑館通り」については町内会の方が主導して申請がされ、名称のもとになる朝倉彫塑館が台東区の所有物で、通りのシンボルでもあることから、審査もスムーズだったようです。これから電柱などにこの「朝倉彫塑館通り」表記がついていく予定です。

「初音の道」の「初音」については、この通り一帯が「初音谷中町」という地名であるなどの伝統を引き継いでおり、音の形もよい名称だと思っていましたが、今後は「朝倉彫塑館通り」が定着していくのではと思っています。

「朝倉彫塑館通り」は徳川幕府による天王寺の建立前から原型ができていた、谷中の中でも最も古い道のひとつと言われています。休日やお彼岸の時期などは人通りが増えますが、平日は寺町らしいとても静かな通りです。朝倉彫塑館を中心に人とアート・工芸をつなげる通りとして、愛され続けると思います。

The road where Tabisurumishinten is located was named as “The ASAKURA Sculpture Museum Street(Asakura_chosokan_dori)” approved by the Taito City officially in End of July 2019. This road is one of the oldest street in Yanaka. In history, Many artist and craftman lived this street.