MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店でブックカバーの取扱い開始

160819a

梅田・大阪駅エリアにあるMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店さんで、当店のブックカバーの取扱いを開始しました。しばらくは1階の新刊コーナー隣にあるコーナーでの展示する予定です(場所は移動する可能性があります)。

当面は、文庫と『カラスと京都』が入る四六判ソフトカバーサイズの取扱いです。最新作の「ボーダーTシャツ猫のクロエ」と「アオアシカツオドリくん」の多色スタンプブックカバーも出荷しました。

梅田店さんは、ファッション感度が高い店が集まる茶屋町にある、西日本最大級の総合書店です。関西広域から人が集まる梅田駅・大阪駅から徒歩15分程度です。

関西地区のお客様のご来店をお待ち申し上げております。


遠州綿紬と浜松のおすすめスポット

20141129_101507951_iOS旅するミシン店では秋から「遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)」のブックカバーを製造しており、お客様からもご好評いただいております。

20141206_043659068_iOSお買い上げいただとき、浜松産の生地であるここと、生地の織元のぬくもり工房さんのことをお伝えしていますが、「遠州綿紬」の歴史とそれを育んだ浜松の街のおすすめスポットについて簡単にご紹介します。

「遠州」は遠江国(とうとおみのくに)から来た地域名です。「遠江」とは琵琶湖の「近江」と対になる言葉で、京から遠い浜名湖を指します。東から大井川、天竜川と浜名湖を中心に形成されてきた地域です。浜松市とサッカーで有名な磐田市が地域の中心で、東西には東海道が走り、北の信州とは河川、南は海とつながっており、地の利をもっている場所です。

20140903_051012378_iOS

浜松市南部・遠州灘にある中田島砂丘。日本三大砂丘のひとつです。

江戸時代に遠江国でも他国と同様に綿生産が推奨されました。遠江は豊富な水資源と広大な耕地があるため、全国有数の綿生産地になりましたが、機織の加工は北方の信州に頼っていました。転機となったのは、天保の動乱期が終わった頃の1845年に、上野国(群馬)の上野館林藩の藩主をつとめてきた井上正春が遠江浜松藩の藩主に転封されたことです。

正春は綿織物の先進地区の館林の織物技術を遠江に移植しました。館林織物の伝統を引き継いだ縞模様の綿織物は東海道でつながった江戸・上方でも人気になりました。地の利がある遠江は人や金も集まりやすく、機織り機を使った分業による織物の大規模生産がはじまります。

20140903_020522174_iOS

浜松のマスコット”出世大名家康くん”。徳川家康は織田信長全盛期に浜松城を本拠地として雌伏の時期を過ごしました。江戸時代には浜松城は栄転の地として知られ、”出世城”の別名があります。

近代以降、遠江はトヨタグループの創始者豊田佐吉、ホンダ創業者の本田宗一郎を輩出しました。また、世界的企業のスズキ、ヤマハも浜松の企業です。これは遠江で綿織物と機織機による分業体制が完成し、工業的生産活動に親しんだ人材が豊富だったこととも深い関係があります。そして、豊田佐吉が生み出した自動紡織機は浜松の繊維産業拡大に大きな役割を果たしました。

浜松市北部(旧浜北市)の染地台にある「ぬくもり工房」さんは遠江国の綿織物の伝統を引き継いだ綿織物にこだわって生産を続けている織元です。当店の「遠州綿紬」はぬくもり工房さんの製品です。

20140905_024331464_iOS

ぬくもり工房さんの遠州綿紬の生地。色の使い方が幅広く、選択肢が多いです。

ぬくもり工房社長の大高旭さんは浜松のクリエーターと組んで、様々な遠州綿紬製品を生み出しています。ホームページでも多彩な製品群を見ることができます。

http://nukumori.hamazo.tv/

また、地域として遠江の織物のブランドづくりを目指す遠州縞プロジェクトの推進役もつとめています。

http://www.enshujima-p.net/

染地台にあるぬくもり工房さんのアトリエでは様々な製品や生地をじかにみることができます。

20140905_024310830_iOS

ゆったりしたアトリエには遠州綿紬以外の製品も多数陳列されています。

ぬくもり工房さんの遠州綿紬生地の特徴は、クリエーターたちの感性が注入された明るく軽やかなデザインでありつつ、伝統の綿織物の堅牢性も保持していることです。遠州綿紬を使った布小物にもかわいいものがたくさんあります。

アトリエは東名高速の浜松西インター・浜松インター、もしくは新東名高速の新浜松スマートICから車で約30分〜40分ほどです。公共交通機関の場合は遠州鉄道「北浜」駅からタクシーもしくは路線バス利用となります。
※路線バスは本数が少ないのでご注意ください

オープン時間は午前10時〜午後6時。休業日は原則なしです。

20140905_020523992_iOS

染地台はお洒落な新興住宅街で、個性的なお店が点在しています。車が便利です。

浜松は健在な工業と地の利のために豊かな地域であり、今も多くのクリエーターが存在し、協力して活発に活動しています。

浜松綿紬との関連でははままつシャツさんの活動があります。浜松は現在でも日本有数の繊維製産地ですが蓄積した製造能力とクリエーターのデザインをシャツに込める活動を行っています。

http://www.hama-shirts.jp/

浜松のクリエーターの息吹を感じる場所が浜松中心部にあるKAGIYAビルです。

http://kagiyabldg.hamazo.tv/

20140905_054051723_iOS地元の不動産会社がクリエーターのショップ&ワーキングスペースの場として古いビルを提供しています。このビル2階に入っている「BOOKS AND PRINTS」さんは写真家・映画監督の若木信吾さんがオーナーのお店で、若木さんが浜松と全国をつなげるイベントや活動をこのお店を通じて行っており、全国的にも知られているお店です。

http://booksandprints.net/

20140905_044329248_iOS広いスペースとビルの重厚な質感が合わさって、写真集やアート作品を手に取る気分が盛り上がってきます。お店を運営している新村(しんむら)さん(メガネ&スキンヘッドもしくは帽子男子)は人格者でもちろん浜松のこともお詳しいので、店内で見かけたらぜひお声をお掛けください。

浜松駅から徒歩約10分です。
オープン時間は午後1時〜午後7時。休業日は火〜木です。

BOOKS AND PRINTSさんの下、KAGIYA1ビル1階にある「ニューショップ浜松」さんはクリエーターのデパートメントストアを目指した店で、こちらも必見です。正方形をした木の什器のスペース単位でクリエーターが展示スペースを借りられる場所で、多くの地元クリエーターの作品が見ることができます。

http://newshop-hmmt.com/

豊かな文化と産業がある浜松と綿織物を通じてかかわりができたことを当店店長も管理人もうれしく思っています。これからも、遠江の伝統とクリエーターたちの感性が入った遠州綿紬を使って製品を作り続けたいと思います。


会津木綿を織る風景

「旅するミシン店」では会津地方の伝統工芸である「会津木綿」を裏地に使ったブックカバーを2012年の春から作っています。

会津木綿の堅牢な材質と深い色柄を評価していただき、手に取るお客様が多いです。

会津若松市にある会津木綿の織元である「山田木綿織元」さんで織機を使った作業風景を見せていただきましたのでご紹介いたします。

豊田製のクラシック自動織機を使っています。トヨタテクノミュージアムの専門家の鑑定によると約80年前(1930年代)のもので、豊田自動織機が創業してから製作した自動織機の中でも最初期の機械とのこと。交換部品は浜松市の会社から今でも入手できるそうです。機構が単純なため、古くてもメンテンナスはしやすいのです。

戦国時代に始まった会津木綿はもともと手織りでしたが、明治以降機械化がすすみました。現在会津木綿は昭和初期、日本の繊維産業の全盛期の製造過程をほぼそのまま保存したかたちでつくられています。

太くて丈夫な綿糸を化学染料で染めます。そのため、色落ちは抑えられモダンなデザインが可能になっています。天然の素材で染める伝統的な藍染の会津木綿もあります。会津木綿は西陣織と同じく、糸を織る前に染めて糸の組み合わせによってデザインを決める「先染め」の手法です。

会津木綿は縦糸と横糸を一対一の比率で組み合わせる最も基本的な「平織り」です。複雑な模様はありませんが、生地の表裏はなく単純で頑丈なつくりになっています。

会津木綿づくりはもともと武家の女性の仕事でした。日本にも多くの個性的な織物がありますが、会津木綿には質実剛健の精神が宿っています。

3月の記事でも書きましたが、旅するミシン店では今後も会津木綿を使った製品をつくり続けたいと思っています。

会津木綿を使った製品を末永くお使いいただければうれしいです。